通院の最近のブログ記事

 今、ホルモン剤をのんでいなくて、5年ぶりに無治療になっている、っていう話の続き。やっほーい。

 この2年、ホルモン剤の影響などについて書こう書こうと何度も思いました。
 だけど、医者に何かを訴えるたびに、それは「果たして薬のせいなのかどうか、証明はできない」、という問題にいつもぶつかっておりましたの。

 たとえばこんなヤツ。

 皮膚がかゆい。やたらとかゆい。もともと皮膚が弱いのだが、症状が甚だしくなったような気がする。(中年というか老年?にはよくある症状だそうで)
 ひっかくと蕁麻疹みたいになって、ばーっと広がり、2時間ぐらいで消える。以前は7月だけだったのに、今じゃ一年中。要するに慢性の蕁麻疹です。(前からあるんじゃ、薬のせいとは言えないといわれちゃう)
 太ってきた。太り続けている。食事を減らしても、前みたいに簡単に体重が調整できない。(中年のオバサンというのはたいがいそのような悩みを持っているため、トシのせいだよと言われちゃうかもなんだけど。しかしね、言っちゃなんだけどあたし子供産んでも50近くなってもそんなには太ってなかったんだわよ)
 のみはじめてから3年めに入ってからは、こむら返りとかアシをつるとか、痛いことがしょっちゅうある。別にビタミンやミネラルが不足してはいないつもりなんだけど、なんかぎしぎしする。同時に 歩くときに股関節が鋭く痛い時がある。そのせいであんまりさっさと歩けなくなった。それで尚更運動不足になる。(中年のオバサンというのはたいがいどっか痛い。これもトシのせいだよと言われそうな症状)
 なんだか口臭が強くなった気がする。(年取って唾液の分泌が減っているんじゃないのか、などと言われてしまいそうだけど)

 その他マイナーなトラブルが入れ替わり立ち代わりありますが、まーどれも更年期にはよくあることじゃん、典型的な不定愁訴じゃん、という話に収束してしまいがちだったのです。
 こういうことに、たとえばだるいとかねむいとか、逆に長く続けて眠れないとか、おしっこ近すぎとか、根気が続かなくなったとか、やたら疲れるとか、あったりするんですけど、「まあ、トシじゃね?」というところに話が落ち着くのね。

 それでもしつこく、診察のたびに、足痛いです、体かゆいです、口が渇きます、目がシバシバします、また太ってしまいました、と訴え続けていましたら、主治医が漢方外来を紹介してくれました。
 これは、乳ガンの手術をしたことのある人だけがかかっているクリニックで、漢方を処方してくれる先生は乳ガンやホルモン治療のことをよーくわかっている、という、まことにありがたい漢方外来なのです。つまり聖路加のブレストセンターと連携しているのですね。

 漢方外来には、それまでにもかかったことがありました。アレルギーの治療のために、です。だいたいどんな感じなのか想像がつきます。
 「そこならいろんなことが相談できますね」
 「いろんなことが相談できます」主治医は請け合いました。

 というわけで院外のクリニックにも行くことにしました。
 考えてみたら、こういう連携したクリニックがあるっていうことは、要望がかなりあるってことなんじゃないかしら?つまり、副作用とも更年期症状とも判然としない小さな不調の繰り返しに悩む患者がたくさんいるってことです。
 なーんだ、あたしだけじゃないじゃんか、と言いたいわけなんですが。
 患者にとっては、それが薬の副作用かどうかを証明するしないは責任の及ぶところじゃないです。不調というものが、とにかくある。それが問題なの。

 もともと乳ガンが見つかる年齢というのは、40代の終わりごろからぐっと増えるのです。それは、ただでさえ更年期による症状が出てくる年齢でしょう。何にもなくても不調になる年齢に、手術やらホルモン治療やらが重なるわけで、患者の日常はけっこう煩わしい。だけど、命にには別状ありません、という状態です。
 その重苦しい日常は、愚痴になるから、あんまり人にも話しません。でも、もしかしたら小さな体調の変化が再発のサインかもしれないって不安もあるから、医者には話をしておきたいのです。

 実はあたしなんかは話をするだけで気がすむところがあります。気がすむ、というのは変な言い方ですけども、患者というのは、自分の体調に関心を持っていますから、医者にもアテンションをはらってほしい。たとえ3分診療でも、ちゃんと話を聞いてもらえれば、それだけでカユイカユイの2割ぐらいはなんだか軽くなるような気さえするのね。

 結果的に、こむらがえりとか、股関節痛とか、慢性蕁麻疹とか、相談してよかったですわ。
 毎朝、あしつって、いててててーとかいって目が覚めていたのが、月に2回ぐらいに減ったし、蕁麻疹も毎晩だったのが、今1日おきぐらいになっています。花粉の季節には鼻水とめる漢方薬を出してもらえます。風邪ひいてもなんかもらえます。
 股関節痛は良くなったり悪くなったりで、今はちょっとダメなんですけど、でも、相談できる場所があるってことがいいです。たとえそこで「それはもう整形外科行ったほうがいいねー」「それは内科行って検査してもらってください」とか言われるんであっても、話をきいてもらえることが、体にいいのよ。ほんとよ。

 つづく。

 おひさしぶりでございます。

 ニュースがあります。今、ホルモン剤を飲んでおりません。
 つまり、5年ぶりに無治療状態!というのを味わっているところですの。朝起きて、薬をなにものまない。一日中のまない。すがすがしいものです。これで放射能さえなかったらすがすがしさも100万倍だろうけど、まあそれはともかく、無治療生活です。

 あたしは左胸全摘手術後、EC4クールという睾丸じゃなくて紅顔じゃなくて抗癌剤治療を受けました。(うーん。ワープロソフトの漢字変換すらがもはやガンから遠のいているー。)

 その後タモキシフェン(ノルバデックスと、途中からはジェネリックのタスオミン)を5年、服用したのです。あたしのガンは女性ホルモン感受性のある、ホルモンを食べて大きくなるタイプだったので、ガンに再発のチャンスを与えないようにエストロゲンを阻害しておりました。大変典型的なパターンの治療です。

 で。5年ちょっと前の2006年、のみ始める際、確か主治医はあたしに言ったと思います。
 「ホルモン治療は5年から10年やります。5年経って、閉経が確実だということになったら、違う種類の薬もあります。そういうものにするかもしれません」
 それであたしは「じゅ、じゅ、十年ですってええええ?」と、少し落ち込みました。だって長いよー。10年は。
 その後すぐに、「5年でやめる人と10年続ける人とでは、再発率が有為に違うというデータが出た」と言われました。10年やったほうが成績がいい。だからこの時すでにほぼ10年コース決定か?という雰囲気でした。

 いわば"不自然な"体環境が10年続くんだから、気が重くなります。
 実際重くなったのは気だけじゃございませんでした。体がだーんだん重くなってゆきました。つまりね、ホルモン剤飲み始めたらじわじわ太りはじめたのですね。だいたい1年に3キロ~4キロ増えたんだけど、そのあたりの体の変化については稿を改めて書きます。

 とにかく、のみはじめた時は「5年で各種の事情でやめる人もいるし」、みたいな話をあいまいにきいておりました。
 それで、やっと5年経った、というわけ。正確には5年と2ヶ月。その2ヶ月がどうしてプラスされたかもあとで書きましょう。
 そのあいだ再発の疑いもなく、特に大きな体の不調もなく、(小さい不調は数々あれど)順調に治療が経過したのですわ。

 さてそれで先日、主治医と「今後をどうするか?」という話し合いをしました。震災のあとでした。これでやめるか、さらに5年続けるかって話をする日です。
 主治医はききました。
 「生理はもどっていないよね?」
 「戻ってません」
 実際あたしの生理は抗癌剤を打っている間に止まり、それが終わっても戻りませんでした。何だか体がうんと打撃を受けたような感じがしました。たとえはなんですけど、10年ぐらいいっぺんに老けたかも?みたいな感覚?

 「このケースだとフェマーラという薬を使います」
 「名前はきいたことがあります。副作用はどうですか?」
 「そんなにないと思います」
 副作用については、実際にのんでいる患者たちは色々言いたいことがあるのですが、関連が証明されない不調などは副作用としてカウントされません。
 
 「10年のむと、どのぐらい成績があがるものなのですか?何パーセントも生存率が上がるのですか?」
 「うーん」
 主治医ははっきりした数字は言いませんでした。数字上はわずか上がる、というだけであっても、できたら10年やったほうがいい、という理由があるようでした。少し細かく話を聴くことにしました。

 まず、フェマーラをプラス5年のんだ場合に、ノルバデックス5年だけでやめたグループより「成績がよい」、という意味の中には、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)も含まれているのだそうです。
 ただ単に死亡率が低いといっても、どんなふうにして生きているのかってのは、あたしのような患者には大変関心が高い部分です。生きているだけじゃなくて、ちゃんと普通に生活している率として、成績がよい、という意味だそうです。
 「それから、ノルバデックスを5年飲んでいた後に、閉経していて、フェマーラに移行したケースに、一番効果があることがわかっています。つまり条件はぴったりなんだよね」主治医は言いました。
 「ああ、なるほど」

 乳ガンの治療というのはいろんな要素を考え合わせて決められるのです。若いか、そうでないか、ことに閉経しているかしていないか。手術の際に、どのぐらい進行していたか、全摘か部分切除か。切ったものの悪性度はどのぐらいだったか。
 その他にも既往症があればまた違うでしょう。ことに、ホルモンの阻害が引き金でうつ病になったり、それが再発した場合などは、ホルモン治療が続けられないこともあるとききます。
 
 あたしの場合、問題なのは、ガンの悪性度が3で、けっこう高い、ということでした。全摘出(乳房を全部切り取ること)をしたのに、さらに抗癌剤治療を受けたのも、このことのせいです。つまり、悪性度が高いガンは、その分「再発を起こす能力が高い。転移をする力も強い可能性がある」ということなのですね。
 だから、おっぱいを切ったのちに、抗癌剤で全身を叩いておく。既に全身に散っているかもしれないガンの小さいやつを念のためやっつけておく必要があったわけです。

 「あー、再発したらやっかいですね」あたしは言いました。他の臓器に転移したら、確実に命を縮めます。
 再発は、同じ性質のガンが再び活動を始めるってことなので、前の時と同じ性質を持っています。あたしの場合なら、大きくなる速度はそんなに速くないけど、悪性度は高い、ということです。
 
 だからといって、薬をのまなければ必ず再発するとか、再発リスクが高くなるとも限らないわけで。そのへんが悩みどころです。あくまで念のためなのです。
 念のためのメリットと、被るデメリットを天秤にかけて、自分で決めないとなりません。

 デメリットのうち、特に副作用はいやーなもんです。今後心配なのは骨密度が下がることです。
 「だから、普通に暮らせるというよりも、骨密度を下げないように、うんと頑張らないとなりません。骨折などしたらQOLが下がりますからね」と言われました。頑張るって・・・・ああ運動とか食事とか、太らないようにして筋肉つけてホネにも適度な負荷をかけ・・・・とかってことか。

 「太ってしまっている人なんか、骨折したら大変でしょうね」
 「大変です。肥満といっても、アメリカではケタがちがいますから、一度折ったらヒドイです」
 「データのほとんどはアメリカでわかったことってことですよね?」
 「そうです。この5年の間にも色々わかってきています。追跡調査をしているので。それで、そういう副作用による骨折なども含めたQOLを総合しても、成績がいいということなんです」
 
 ううううううう。
 これはもう絶対に10年コースにしなさいよ的な展開です。
 できたら飲みたくないんだけど・・・・・もうイヤっていうか・・・・・あたしはあたし的に副作用の「自覚」はあるんで。たとえそれがデータにならないものでも・・・・。
 しかし、再発はもちろんイヤです。一番怖いのはとにかく再発・転移なのです。

 「フェマーラは高いんですか?」あたしはさらにききました。
 「ああ、高いです。薬価はノルバデックスの3倍ぐらいかもしれません」
 「え?それはかなりな。ジェネリックはないんですか?」
 「まだないです。そうですね。それが問題で、続けられない人もいますが・・・・」

 さあて。どうするか。3倍となると、ちょっと夫に相談するべきかも。

 それで、この時、主治医は折衷案を出してくれたのでした。
 つまり、残っているノルバデックスをのみきったら、次の診察日まで何ものまないで過ごしてみて、その間にあと5年やるかどうか考える、という・・・・。

 「あ、そうします。のまないでいて、副作用が消えるかどうかみてみたいので」
 あたしはその案に飛びつきました。

 それで、今無治療なの。
 次の診察日は秋、11月です。
 で。肝心の体調のほうですが・・・・。

 つづく。

 いまいち色白というか迷彩柄っぽいあたしの乳首に修正のイレズミを加える際、麻酔のための注射が痛いって話のつづき。

 イレズミは結果的に両側やってもらいました。再建したほうをやったあとに、やっぱり片側も白い部分が気になるからやってください、と頼んだのです。
 そしたらイレズミ担当者(ナースです)が「痛いですよ」と宣言するのです。こういうことは珍しい。あんまり脅かしたりはしないものなのです。だけどほんとに痛いから言っておかねばならないのだ、という面持ちです。

 痛みに関して、健側、つまり乳ガンになっていない側、あたしの場合は右側ですが、こっちは作った方の胸みたいなわけにはいかないのですね。
 麻酔というのは言うまでもなく「痛くしない」ためにするのです。だけど、麻酔をする前は神経が麻痺してませんから、もう、これが痛い。注射針が痛いのよ。ちくん、というよりはぢくーん、みたいな感じで響きました。うぐぐぐぐ。と、暴れてしまいたいぐらい。

 だって、乳首なんだもんね。考えてみたら当たり前だわよね。背中や腕やお尻より、何倍も敏感な皮膚じゃない?
 そのぢくーん、というのを、乳輪のまわりに何カ所かやりませんと、イレズミなんてモンはできないわけです。麻酔はすぐ効いてくれるけどもね。最初の注射は痛い。

 「うわー、痛いですね」と、思わずあたしは、イレズミ担当ナースに言いました。
 「ええ。痛いんです」と彼女は気の毒そうに言いました。いや、ホントに当たり前なんだけど。

 あ、でもね、あたしはそのことうっかり忘れていたのですよ。というのは、手術をして乳腺を取ってしまった方というのは、たとえそこに乳首らしきものが再建されていたとしても、もはやそんなに感じたりしないのです。だから、今目の前で麻酔注射して、入れ墨入れてもらったにも関わらず、その同じことをもう片っぽにやったら痛さが違うってことを忘れてたのね。

 逆に言えばそのぐらい、作った乳房というのは鈍感です。はっきり言いましょう。痛くないだけではないです。全摘をしますと、いわゆる乳首の性感というものは、ほとんど死んでしまうのです。
 このことははっきり指摘しておかないと、読むだけでは考えが及ばないかもしれません。その意味でも、乳房は文字通り「失われる」のです。だからこそ膨らみぐらい取り戻したいってのはゼータクでも何でもないじゃん、何で国民健康保険効かないんだろう、っていう話はまた別の話なんで置いておきますが。

 感覚についてですが、乳腺と共に乳首のさらに、手術をして切ったあとにまたシリコンバッグを入れたり、それをまた取り出して位置をなおしたりしていますから、あたしの左胸の皮膚の神経は、まだ完全には復活していないのです。暑さ冷たさかゆさ痛さ、くすぐったさなど、なにをとっても感覚がうっすらとしかないわけです。
 これらは徐々に戻ると聞かされていますし、過去のエントリーにもそのことは書いているけど、とにかくそれもまだ。
 しかもこれが100パーセント戻ったとしても、要するに並の皮膚並み(何じゃそりゃ?)になるだけ。もはや乳首みたいな特別な敏感さは戻って来ないのです。

 いや、知らないけどね。戻るっていう人もいるかもしれないけど。腕一本切り落としても、失われた腕の皮膚がかゆいことがあるって言う人があるぐらいだから、人間の感覚にはまだ神秘的な、理屈ではわかってないことがあるかもしれません。でも、あたしにはとりあえずそれって無理そう。

 で。でも失われてない方の乳首。そっちは相変わらず乳首でした。つまりその、すばらしく敏感で、要するに注射針なんか刺したら痛かったっていう話です。
 一瞬でも忘れたりして、ごめんよ。右乳首。

 つづく。

 6月に乳首の修正を始めたって話の続き。
 
 皆さんお聞きになりたいのは、お値段のことじゃないかと思います。健側からの移植じゃなくて、ゼロから乳首を作って、イレズミで色を入れるとなると、全部で20万円ぐらいかかるのだそうです。

 でもね、これはもう乳首はある状態で、乳輪も欠けてはいるけど一応あって、イレズミ入れるところは少々、っていうか、白くなっちゃった部分の修正ですから。それで7万円ということで手を打っていただきました。
 これはあたし用のイレズミのお色を作っていただく費用を含んでおります。それを保存しておいてもらうのね。それで、万が一また色が褪せたら、またその同じ色を使って何度も修正できるのです。(その際新たにかかる費用は1回につき2100円だけ)だからこれは"イレズミ会員権"を買うみたいな感覚ですわ。
 
 お金を払って部屋に入りますと、担当のナースがあたしの希望を聞きながらまず色の調合をしてくれました。イレズミの施術はドクターじゃなくてナースがやります。箱にぎっしり、 たーくさんの小さな絵の具のチューブみたいなもんが並んでいます。、そこから何種類か搾り出して、あたしの乳首にもっとも近い色を作るのです。

 もうねえ、うずうずするわよー。あたしは絵描きだからさ、脳内が「それ、あたしにやらせてー」って叫び出すの。ううううう。テキスタイルデザイナーだったこともあるのよ。絵の具の色合わせはすごい得意だったのよ。見た色をそっくりにポスターカラーで再現したりできるのよ。ホントよ。

 あたしがよほど「やりたーい」てな顔をしていたせいか、担当ナースが聞いてくれました。「お仕事は、絵をお描きになるんですよね?」

 「そうです!イラストレーターです。そういうの得意なんですよ」思わず乗り出しそうになるあたし。職業病です。質問もしちゃう。「それは・・・・見かけの色と刺したときの発色は違うんすか?」

 「その通りです。違うんです。それに皮膚が一枚かぶさりますから、その状態を想像して似た色を出さないとなりません」
 「おおおおお。なるほど。ポスターカラーも乾いた時は色が違うの。だからサンプルを紙に塗って乾かして色合わせをするんですよ」
 「そうなんですか」
 「そういう色出しの技術とか加減とか、習うんですよね?どうやって習うんですか?」
 「一応習いますけれども、一番大事なのは経験です。経験して工夫してだんだんわかってくるんです」

 そうよね。ほんとそう。色のことは学校で習うことじゃあなくて、自分の五感で覚えてゆくことだわよね。
 担当ナースは余裕の笑みを浮かべました。きっとたーくさん乳首のイレズミをやって、経験を積んできたんでしょう。色出しだって、肌色専門っていうか、乳首色専門?そのあたりの色相に非常に細やかな感性を育てているに違いないです。

 出来上がった色を健側の乳首のそばにちょっと塗ってみて、乾かすと、なるほど!よく似ています。さすが乳首色専門家。

 それを、針を何本か束ねた極少剣山みたいなお道具でちくちく刺してゆくのです。イレズミですから真皮まで入れます。痛いので部分麻酔をします。

 ええとねー。それが痛いのよ。何がって、麻酔の注射が。

つづく。


 前回「そもそもカプセルってなんなのさ?」という話の続き。

 で。破かれて(切られて?というか裂かれて?)下側をあけてもらったカプセルは、その裂け目にバッグを落とし込んでもらえば、そのうちまたそこにつながるように形成されて、うまいことバッグ全体を包み込むようになるのだそうです。

 ふーしーぎー。

 体の中のことですから、見えないけども、そういう体の仕組みにお任せするのですね。異物はすべからく包まれるわけです。

 もう一つ気になることがあります。
 いわゆる『カプセル拘縮』についてです。拘縮したカプセルってどんなものなのかしら?

 1ヶ月検診から、もうずいぶん経っちゃった。
 ブログのお引越しなどと自分の忙しいのと重なって、ほったらかしになってしまっていて、ごめんなさいまし。
 前回、カプセル事などについて、あらたに質問しようと決心した話の続きです。

 1ヶ月検診の日、予定通り質問をしました。
 ドクターは忙しいので、スタッフに付き合ってもらいました。
 このクリニックでは、執刀医でなくても、ほとんどの質問に答えてくれるし、答えられない場合はドクターに聞いておいてくれるので、インフォームド・コンセントについては、ほとんど不安を覚えたことはありません。

 まず、カプセルってやつについて。
 考えてみたらさ。
 カプセルって何?ってことが、あたしわかってなかったわけです。
 体に異物が入ったときに、それを包み込むように、自然に体内にできあがる、時々拘縮を起こして、それがやっかいらしい、ということ以上のことは知りません。

 カプセルという言葉は一般名詞ですけども、ガチャポンのプラケースとか、風邪薬の2色に分かれているやつとか、あと、カプセルホテルとかを連想しちゃう。しかしこれら、全部おっぱいとは程遠いもんね。うーん。

 それで、ストレートに聞きました。
「カプセルっていうのは、実際どんなものなんですか?

【ちょっと違う点】

| コメント(0)

 前回、バッグを入れ替えたあと、抜糸をして、その後1ヶ月については、「お風呂に入って暖めて、このように強くマッサージしてください」と言われ、上から揉みほぐしたり、基底部を動かしたり、というマッサージの指導を受けたのです。
 やや痛いってぐらいの、強いマッサージでした。

 だけど今回は「あまり強くしないで。上から押すようにしてください」という風に変わりました

 指導をしてくれるのは、前回同様、院長先生ではなかったのですが、あたしのケースを全部わかっているわけです。当たり前だけど。

 「上を何箇所か糸で留めてありますので、あまり強くバッグを動かすと糸が切れてしまうこともあります。そうなるとまた動きやすくなってしまいますから」

 そうか。切れることもあるのね。しつけ糸みたいに?

【ご対面】

| コメント(4)

 いよいよ修正後のおっぱいとご対面。といっても、その時は上から見たわけですが・・・・・。自分の胸って上からしか見えないから。

 最初に思ったのは、「あ、ぽっこりが消えてる!」でした。
 上のほう、鎖骨の下でいきなり膨らんでいたのがなくなり、なだらかな稜線に変わっています。それが下に向かって膨らんでゆき、そしてまあるい曲線を描いてウエストの上部で止まっているわけです。

 うまく収まって、そうよそうよ、これが正しい胸の形だわよ、というたたずまいになっています。
 内出血も、前の時より少ないのか、表面の皮膚もあまり驚くような色にはなっていません。


 ”バッグくるりん手術”(前のエントリー『くるりん手術報告』参照)のあと、ドクターから新しい注意事項を説明された話のつづき。
 あたしはバッグが動いた”前科”があるから、手術側の腕をなるべく上げないように、ということでした。

「それでは、左腕は肩から上には上げないようにするんですね」あたしはききました。

「そうです。1ヶ月は気をつけてもらいませんと。1ヶ月すればおちついて、動きにくくなります」
 
 え?え?1ヶ月?・・・・ということは、抜糸後も3週間は左腕上げちゃいけないってこと?
 長い!
「日常生活でも、洗濯ものをこう、両腕を上げて干したりとか、そういう動作はなるべくしないでください


10月25日に抜糸してきました。
 抜糸は手術の一週間後にスケジュールされます。
 縫った傷というのは一週間でだいたいくっつくものらしい。

 抜糸までの間は、例によってお風呂には入れません。下半身のシャワーだけ。半身浴も、血行がよくなりすぎるし、上半身の絆創膏の下まで汗かいちゃうから禁止です。

 汗、禁止なの。なるべく禁止。
 それが、涼しくなるまで手術を待ってもらった理由でもあったのですが、ホルモン剤の影響で、ホットフラッシュによる「いきなり汗ぶわー」みたいな現象もありますから、ただでさえ、なかなか涼しい顔をしていられません。

 カレーやキムチなど辛いものなどは、血行がよくなって、傷があるときには出血の原因になるので、控えるように、お酒も同じ理由で一週間は禁止・・・・と、ここまでは、先回と全く同じで、いわばおなじみの注意事項でした。

 しかししかし。今回はこれに、特別の注意事項がプラスになったの。

 日帰り手術の日、麻酔が醒めて、いよいよ帰る前に、今一度ドクターとの面接があります。
 ドクターは言いました。