カツラの最近のブログ記事

 美容院で髪を脱色して金髪になってみた、という前回のつづき。
 
 それでもう何ヶ月ぶりかしらーという、実に新鮮な気持ちでお外を歩いたのです。

 それまで家の中、家族の前では生頭でしたけれども、出かけるときは、仕事でも遊びでも、駅前のスパーに行くんでも、PTAでも、カツラをかぶってましたんでねー。

 それだけじゃないのよ。

生頭その後報告

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 去年の11月に、患者言葉でいうところの”地毛デビュー”を果たした時、あたしはベリーショートの金髪にしちゃった、という話のつづき。

 まず、何で金髪なんかにしたか?

 頭の毛が生えそろったので、ひさーしぶりの生頭通信をしてみます。
 
 抗がん剤で一度抜けてしまった髪の毛が何とか生えそろいました。
 生えそろったのはいいのだが、やはり”噂どおり”の髪質の変化!
 
 早い話がくりんくりんぐるぐるちりちりぽわぽわしていて、しかも、白髪と黒髪が5対5ぐらいか?やや白髪の方が多いか?という様子なので、どのように見積もってもなんか汚いのですね。
 白黒の玄関マットみたい?

 だからってこの短いくせっ毛を普通の茶色に染めてみてもおサルさんみたいになるだけなのじゃないかと・・・。あるいはモンチッチ。(同じ?)

 日帰り手術が甘くないってことは、前のエントリーに書きましたが、このクリニックには入院施設はないのですね。

 ですから、遠方から来た人は、近くのホテルなどに部屋を取って、手術後一泊して帰ることになっています。
 院長の携帯番号は渡されますし、ホテルも一応提携しているそうです

 あたしは一時間15分ぐらいで帰れるところに住んでますんで「電車で帰ります」という希望が通ることになっていました。
 ホテルをとってもいいよ、と夫に言われたんだけど、土曜日だというので、すでにいっぱいでした。高い部屋なら空いていたかも知れないけど。

 患者を手術後1、2時間で外に出す(?)のには、色々と手順があるようでした。
 
 つまりね、「もっと休みたいにゃー、眠っていたいにゃー」と思うようなタイミングなんだけど起こされるんですよ

 10月21日土曜日、シリコンバッグに入れ替える手術は無事おわりました。
 付き添いに来ていた夫はドクターに「きれいにできましたよー」みたいなことを言われたそうだ。

 付き添い、というのは、夫に直前にたのんだのだった。
 病院のスタッフに、何度も何度も「当日はどのような交通手段でお帰りになりますか?」ときかれ、「付き添いの方はどなたですか?」とたずねられたせいなの。

 うー、どうも最初に一人で電車乗って帰ります、って言ったことを全然きいてないみたいだなー、と思ったのね。
 もう、普通だったら誰か来るのよ、って感じで責められているような気がしてきたんで。

 ちなみに、手術直後は、車の運転、自転車の運転NGです。
 全身麻酔かけてますから、さめてもいまいちぼやっとしているし、痛み止めで強い眠気が来る事があります。
 筋肉も腫れているから腕動かすと痛い。自転車のハンドルなども思うように取れないでしょう。

 また、飛行機も禁止。気圧が変わると出血がひどくなることがあるからだそうです。


 まあ、そんなことで、夫に来てもらったのですが、来てもらって正解でした。

 あたしはクリニックから出て品川駅まで15分歩くところまでは全然元気いっぱいだったのですが、電車の中で気持ち悪くなり、「うーむ、吐いたらあかんな」と思って夫に「吐き気するからいったん降りる」と告げたのです。

闘病と闘ドジ

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 2005年の9月、しこりがガンであることがわかって、検査やら治療やらで、病院に行く事が生活の中に入り込みました。
 当然その分忙しくなります。
 手帳のスケジュール欄が、色とりどりになります。

 ところがですね。
 手帳にきちんとつけていて、カレンダーにも書き込みをしていますのに、あたしは医者に行くのをころりと忘れていたことがあります。それも複数回。

最後の水注入

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 失われた左のおっぱいは今再建の途中;つまり「工事中につきご迷惑をおかけします。ご協力ありがとうございます」という頭を下げたヘルメットのオジサンのステッカーがあったら貼っておきたい、という状態であることは、前にも書きました。

 おととい、この工事中の胸の中に入っているエキスパンダー(要するに皮膚を伸ばしてふくらみを包む余裕を作るための器具)に、最後の生理的食塩水が注入されました。

 これでね、来月はもういよいよシリコンバッグに替える手術を受けるのです。伸ばす過程は終わり。

バウムクーヘン爪

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 抗癌剤の治療の影響で、爪の色が変わっているのですが、それがもうじきなくなるところまで来ました。

 抗癌剤の点滴は、4クール受けたのですが、それ以降、爪にストライプ模様がついていました。

 黒い色が出現し、白い爪がはさまって、また黒い色が出て、白くなって・・・・4回分、それが律儀に繰り返されました

 黒い色が出る前に白い爪が現れるのを見て、あたしは「この白いところでは、抗癌剤が体から抜けているのだろう」と思っていました。

 だけど、そうではなかったみたい。
 抗癌剤が終わってから約3ヶ月、新しく伸びた爪はピンク色になっていたからです。

 そうよね。この色だった。
 白いところも、黒いところと同様に、抗癌剤の影響が出ているってことだったんだわ。

 この爪に、あたしはマニキュアなどはしないでいました。
 ずっと観察していたかったからです

 バウムクーヘンみたいで、結構面白い模様でした。
 このバウムクーヘン爪ともそろそろお別れです。


 この胸のしこりは「確かに乳ガンです」という診断がつきました。
 これで次のアクションが起こせます。
 まず手術する病院の決定です。

 セカンドオピニオンを下さったドクターは、「東京都内なら選択肢が色々ありますが・・・」とおっしゃいます。
 彼の基準で、彼が知っている、信頼できる先生がいることがはっきりしている病院ということです。

「埼玉県だとどうですか?」
「お勧めできるのは2つか・・・うーん」

 じゃ、都内だ。
 病気はもうチャリンコ圏内のレベルじゃないってわかったから。電車乗って通います!電車乗るなら30分でも1時間でも同じようなものだ
 そういう気持ちになりました。

「都心の、どのあたりまでなら通えますか?」
「家から1時間ちょっとかければ銀座だろうが築地だろうが行けますよ」
「そこまで通えるのでしたら聖路加国際病院を勧めます。放射線科を含め、何もかも揃ったチームになっています」

 それで病院は決まったんです。
 ドクターは、自分の家族が乳ガンにかかってもそこを勧める、自分自身が乳ガンになったとしても(男の人でもたまにあるそうで)そこにしたい、とまで言ったのです。

 「あー、だけど病院の決定については親族や友人で、何か意見する人はいるだろうな」とあたしは思いました。
 この辺の、病人の周囲の人間が持ってくる話の影響については、また改めて書きますが・・・。

診断がつく

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 一週間後、診断結果を聞きに行きました。
 で。ここでガンだということが、はっきりわかったのです
 
 もうだいたいそうだろうな、と思っていたので「うー、やっぱりそうか。残念だ」というほどの感慨でありました。

 硬ガンという、かなりありふれたガンで、大小ふたつのしこりは、全く同じもの。”娘細胞”というんだそうです。

 親子だったのね。息子じゃなくて娘っていうのか。何で女なんだ・・・、おっぱいだから?